13/06/07
地図を見たら分かるように、ザルツブルグからチューリッヒまでは遠い。
10時半発の列車に乗った。
キャビンの前には、大きなフォルダーを抱えた大学生らしき女の子が向かい側に座り、
隣には座席を二人分使ってひたすら眠りふけていた女性と、
斜め向かい側には母親と子供が座っていた。
オーストリア西部にある、Innsbruckという駅に着くと、女の子二人は下車し、キャビンは僕と親子の3人となった。
この辺りから除々に地形が険しくなり、僕の正面の席に移動した男の子は興味深そうに外を眺めていた。
時々眠くなりながらも、僕は魔の山を読み続け、話の展開も激しくなってきた。
Inst-Pitztalという小さな駅で親子は降りていき、キャビンは僕一人になった。
Landeck-Zamsの駅に着くと、雪のかかった山々が見えてきて、魔の山に近づいている感覚を自ら作り上げた。
ヨーロッパで山が見たいと前々から願っていた。
このままずっと列車に乗っていても構わないなあと思った。
Feldkirchの駅でパスポート・コントロールがあった。
列車に揺られること約6時間、しだいと通路の窓から湖が見え始め、
5時前にチューリッヒに到着した。
駅に到着し、まずスイス・フランクに両替した。
まったく、スイスはなんでユーロに加盟していないんだ。
まあ、イギリスもしていないけれど。
いっそ世界中のお金をユーロにしてしまえば楽なのに。
そんなことを思いながら、次はツアリスト・センターに行って、事前に予約をしていたユースの場所と行き方を聞いた。
すると...
「え?Avenches?っていうのは、ここから3時間いったところですよ」
どうやら間違えてユースを予約してしまったらしかった。
「はは、だから気をつけなくてはいけないんですよー」
とこの青年は笑い、チューリッヒにあるユースを探して、行き方を教えてもらった。
お礼を言って、僕はしばらく考えた。
このまま、今紹介してもらったユースに行くしかないかと思ったが、
試しに、駅員にAvenchesという場所までの行き方を聞いてみた。
「5時発、プラット・フォーム4から、Berns乗り換えです」と言われた。
5時ということはあと5分しかなかった。
僕は大きな意思決定に迫られたが、なんだか面白そうだったので、5時発の電車に乗り
ドアが閉まってしまった...
席の向かい側の人に、恐る恐る「Avenchesってどこですか?」と聞くと
「多分ここらあたりじゃないかなあ」と漠然と太い指でスイスの国全体を指した。
Avenchesってどこだ?
こうして僕はチューリッヒを両替だけして発ってしまったのだ。
Bernの駅に着くと、このAvenchesのユースが本当に予約できているか不安だったので、駅から電話をしてみた。
「はいはい、Umakoshiさんですね。大丈夫ですよ。何時に着くのですか」
「8時頃です」
なんとか予約はできているらしかった。
Bernで乗り換え、さらに1時間半。
Avenchesというスイスのどこかにある村に着いた。
何もない所に放っぽり出された気分だった。
とりあえず、町の中心に向かって歩き、途中人に聞くなどして、なんとかこの民宿のような小さなユースを見つけた。
入ると誰もいない。
リビングでテレビを見ている女の子がいたので、
「あの、誰もいないのですけど」と(英語で)聞くと
フランス語かドイツ語らしき言語でぺらぺらとしゃべった後に、
両肩を上げて(shrugして)、最後に英語で「アイドントノー」と言われた。
しばらくぼーと立っていると、ベルがあることに気がついたので、押してみた。
しばらくすると、あらあらごめんなさいといった感じで、感じの良さそうなおばちゃんが出てきた。
インターネットを通して払っていたお金はどうやらしっかりと払われていて、ほっとした。
これで何も予約ができていなかったら本当にチューリッヒからわざわざ3時間もかけてきた意味がなかったのだから。
「部屋は7番よ。7。朝食は7時半から9時まで。寝坊したら食べられないわよ。あと玄関は夜の10時に閉めるけどいいかしら」
「はい。あと変な質問をするようですが、一体全体僕はどこにいるのですか?」
とスイスの地図を開きながら、半分冗談気に聞くと
おばちゃんは、すこし笑いながら、「私もっといい地図もっているわよ」といい、僕のよりも細かく地名ののった地図を取り出して、
「えーと、ここがBern。ここがLausaneだから、ここね。この1番と書いてある所よ」
と言って、おばさんは、フランスとの国境に近い、Neuchatel湖の南の確かに1番と書かれたポイントを指差した。
あとで気がついたのだが、
この1番というのは、スイスのユースホステル協会の番号で
どうやら僕はスイスのホステルのホームページの一番最初のAで始まるホステルを適当に選んでしまったようだった。
なんてあほなんだ。
「部屋の鍵いただけますか」と聞くと
「部屋に鍵はないわよ。いっつも開いてるの!(it's always open!)」という返事が返ってきた。
もうここまで来ると、あとはどうでもいいやと思い、にっこりと笑い御礼をして、
2階にあるであろう僕の部屋に上がっていった。
部屋には2段ベッドが2つあった。
部屋からは小川の流れる音や、犬の遠吠え、馬がぽっかぽかと歩く音、鳥の鳴き声しか聞こえない。
シャワーを浴び、荷物の整理をし、部屋には電灯が一つしかなかったので、暗くならないうちにトーマス・マンを読んだ。
夜、寝る前に男の人が部屋に入ってきた。
聞くとアムステルダムから来た地質学者で、この辺りの地質を調査しにきたらしかった。
「君はどうしてここにきたんだい」と聞かれたので
「写真をとるのが好きなんです」と適当に答えた。
明日は何しようか。
まだ仄かに明るいうちに寝た。